京都大学附属病院
探索医療センター
検証部 准教授
手良向 聡
大学では理学部で数学を専攻していたという手良向先生。医療どころか生物さえも知らなかったという先生が、製薬会社に就職し、何をそこでみたのか。そしていま統計という分野からどのように医療を変えていこうとしているのか。熱い気持ちを語っていただいた。
「以前、製薬会社に勤めていた15〜20年前の話なんですが、取引先の先生方から統計の相談を受ける事がよくありました。いわゆる営業支援というやつですね。MRが先生方に頼まれた統計解析のサポート、つまり検定をやるわけですよ。学会の前などは特に多かったけど、平均で月2、3本の割で引き受けていたかな。当時はEメールなんてものはまだ存在していなかったら、大量のファックスで送られてきたデータを僕たちが手打ちで入力するわけですよ。印字が悪くて数字が分からないことなんてしょっちゅう。これ「1」かな?「7」かな?なんてね(笑)。」
そう言って笑う手良向先生は、もともとは理学部で数学を専攻していた学生だった。今でこそ製薬会社が数学専攻の学生を採用することもまれではなくなったが、当時は医療統計の教育自体が日本の大学には皆無という時代で、たまたま教授の紹介でデータ解析の仕事ができる人材を探していた製薬会社に就職した。そこでは抗がん剤の再評価臨床試験を8年ほど手がけた。その間入社2年目からは東京大学の研究生になり、当時工学部から医学部に移ってきたばかりの大橋靖雄先生(現東京大学大学院教授)の下で9年間研究室に在席し、週1日大学に通った。
「ただ、研究が終った後でデータ解析だけを任されるという状況は、いくつかの大きな問題をはらんでいるんですよ。」と先生は眼鏡の奥で少し眼を見開いた。
「一番の問題は、医学・薬学系の人にとって基礎の統計学や臨床試験の方法論を勉強する場が大学や大学院でほとんどないことです。データ解析自体は、ソフトウェアの使い方さえ分かれば、ある程度できなくもない。しかし、試験をして結果を導いて、そのデータを解析さえすれば、何か出てくるというものではないのです。研究者はデータ解析と研究デザインが一体であるという事を理解していなければならない。その事がわかっていないために、多くの費用と時間をかけて研究したものが全くのムダになってしまったという例を、私は数多く見てきました。例えば2つのグループを比較する場合、そのグループを構成する対象をどのように選ぶのか、対象の選び方に偏りがないか、対象者の数は結果を導き出すのに十分かどうかなど、試験を始める前にしっかり考えておく必要があるのです。そうしなければデータをいくら集めてもムダなんです。製薬会社時代、先生方からは、「いい数値、すなわち有意な差がでるように、いろいろやってみてください(笑)」と言われたりした事もあるのですが、データが出た後でそれがいい結果となるように解析方法を変えるなど、もってのほかです。研究デザインがいい加減だと、P値などを計算しても全く意味がありませんから。」
そうですね。まず臨床試験の論文を書いたり読んだりする研究者は当然ですが、職業別では製薬会社のプロジェクト・マネジャーやモニターでしょうね。モニターと言われても医療関係でない人にはピンとこないかもしれないけど、プロトコルを作成したり、医療機関を訪問して症例報告書(臨床データが記載されたもの)を回収したり、治験において最も中心的に動く人なんですが、そういった人は細かな知識はなくても、統計を含めた臨床試験の方法論に関する全体的な知識が必要ですね。最近だと、メディカルライターという職種ができつつあり、彼らがプロトコルや論文、総括報告書(臨床試験のレポート)を書いているケースがほとんどだと思います。そのような人は医学、薬学とかのバックグラウンドに加えて統計を含めた広範な知識がいるでしょうね
そうですね。例えば「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン」誌や「ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル」誌、「ランセット」誌などの一流誌には、統計専門のレビューアがいて、論文が採用されるかどうかに大きく影響するでしょうね。
これまで医療統計の辞書が少なかったですからね。医療統計用語辞典第2版ではすべての用語に短い定義・説明を加えましたが、これは大変な作業だったんですよ。端的に定義するには、内容を正しく理解した上で、ユーザーが既に知っている言葉を使って簡潔に書く必要がありますからね。書いているうちにどんどん長くなってしまって、「これじゃ定義ではなく説明じゃないか」みたいな事になってしまう。そういった作業が本当に難しかった。
ちゃんと使ってくれてますかね(笑)。まあ、確かに医療統計用語辞典だけでは直接研究者の助けになるかどうかはわかりませんが、私の希望としては、研究デザインなどを考える上で、統計に興味を持ってその重要性を見直して欲しいと思っているんですよ。試験結果がムダにならないために、私の辞典が少しでも助けになればうれしいですね。
ははは(笑)。確かに理解は難しいんですけど、それに値する。それは私が保証しますよ。
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