京都大学附属病院
探索医療センター
検証部 教授
福島 雅典
48年生まれ。名古屋大学医学部卒業後、京都大学大学院でMDを取得。愛知県がんセンター内科診療科医長、ベイラー大学客員教授を経て現在京都大学にてがん治療に関する研究をおこなっている。
医学英語を翻訳するときに、もっとも気をつけるべきは安易に意訳をしないことです。「翻訳文はわかりやすくすべきである。そのためには、ある程度の意訳はやむを得ない」−−。このような考え方が受け入れられていい分野もあるかも知れませんが、ことサイエンスの世界、医学英語ではまず認められません。その理由は、そもそも医学論文やレポートがなぜ書かれるのかを考えればわかるはずです。
筆者は、新しい知見や概念、思想を考えついたからこそ、それをテキストにまとめて世に問うている。サイエンスの世界で論文といえば基本的にはすべて何らかの未知の内容が含まれています。論文のなかでは何らかの新しい概念が提示され、その概念を表現するためにこれまでなかった用語が使われる。だから最新の論文やレポートはわかりにくくて当然なのです。
従ってそういう文章に出くわしたときには、読み手が努力しなければならない。「読書百遍意自ら通ず」というでしょう。これまで存在しなかった考えが表現され、初めて目にする言葉が使われているのだから、その内容を理解するためにはたった一行の文章に一時間考えぬくこともあるわけです。
難解なテキスト、新しい用語と出会った時こそチャンスと受け止めるべきです。その言葉がどういう文脈で使われているのか、自分がこれまでに培ってきた専門知識の中のどこに当てはめれば理解できるのか。煙が出るくらいに頭をフル回転させて考え続けることが能力を伸ばしてくれる。その貴重なプロセスを安易な翻訳に頼るのは論外だし、勝手に意訳することなど絶対に許されません。
翻訳の基本は「Word for word、Period to period」、厳密な対訳です。勝手に文をつないだり切ったりは絶対にしない。英語の構文をきちっと掴んだ上で、一つひとつのwordに対してどんな訳語を当てはめていくのかをきちんと考える。訳語を自分で勝手に作ってもいけない。それがまったくの新語でない限りは、必ず辞書に書かれている訳語のどれかを選ぶべきです。
対訳すると、いわゆる直訳風の日本語にならざるを得ません。日本語の文章としての読みやすさを問われれば、決して読みやすいとは言えないかもしれない。しかし、それが論文である限り、要諦は読みやすさにあるのではない。一字一句、論理構成を踏まえコンテキストを追いながらきちんと理解できるかどうかは、読み手の責任に委ねられている。少なくともサイエンスの世界でテキストを読むというのは、こうした知的格闘を意味します。特に医学英語は、人の命に直結する内容が多い。だから訳すときにはどれだけ厳密になってもなりすぎることはない。安易な意訳が許されるはずもないことがおわかりになるでしょう。
訳が正しいかどうかを簡単に見極めるチェック法があります。まずピリオドの数を原文と訳文で比べる。これが一致していなかったら、その時点で疑ってかかった方がいい。訳者が意訳している可能性が高いわけです。次に訳文の長さに注目する。たとえば原文がA4のペーパー1枚分の文章量だったとしたら、翻訳文はそれよりも確実に短くなるはずです。仮に原文がA41枚なのに訳文が2枚に渡っている場合などは、どこかに冗長な部分がある。このダブルチェックで訳文の正確さを見分けられます。
まったく新しい用語に対しては、その内容を理解した上で新しい日本語を当てるのが本来なら理想的です。我々の先人はblood pressureに対して「血圧」という言葉を当てた。実に見事、簡潔にして要点を抑えた言葉です。こうした言葉を当てはめていけば訳文は短くなるはずなのです。ところが最近のように次から次へと新語が登場する状況では、漢語が追っ付かない。我々の語彙力が落ちていることもその原因の一つでしょう。だからといって諦めてはいけない。どんな漢語が最適かを考えることは、新しい用語を理解する最高の訓練にもなりますから。
幸い「対訳君」を使えば何冊もの辞書に同時に当たることができる。対訳事例集を参照しながら、一語一語緻密に対訳していけるようにもなっている。こんな便利なソフトがあるのだから、これをフルに活用してWord for wordでじっくりと納得いくまで対訳を考える訓練をぜひ、していただきたい。サイエンスの世界では英語を理解できなければ生きてはいけません。ビジネスを進める上でも、翻訳に求められるシビアさは同じでしょう。みなさんの学習に、仕事に「対訳君」が活用されることを祈ります。
プロの医学翻訳者のアイデアを元に開発された「対訳君医学版Accept」は、病院その他医療機関でも威力を発揮します。77万を超える見出し語を持つ辞書とほぼ全科を網羅する医学情報が、英語で書かれた医学論文・薬剤の添付文書・副作用報告書などの査読に力強い味方となります。
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